世界のチーズぶらり旅

フランス北部のユニークなチーズたち

2020年6月1日掲載

フランス北部のユニークなチーズたち

1.真冬のパリ盆地北部

ほぼ半世紀をかけてフランスの代表的なチーズの産地に足を踏み入れたが、なぜかフランス北部に行く機会はなかった。従って筆者が知っていた北部フランスの町の名といえば第二次世界大戦の時激戦の地となった港町ダンケルク(Dunkerque)。そして、フランスの彫刻家ロダンが、百年戦争の時の市民の英雄的な行動に着想を得て制作した「カレーの市民」という彫刻が立っているカレー(Carais)の町だけであった。そんなわけで、せめて近くを通るカレーの町に足を踏み入れてみたいと期待していたが、今回の旅で昼食に立ち寄ったのは、カレーの隣のブーローニュの町だった。

2.マロワールの熟成。

それはとも角として冬のパリは嫌いである。太陽も少しは出るが、みぞれ混じりの雨が日に何回も通り過ぎる。このようなひどい季節にパリへ行くのは、通称「農業祭」というイベントが毎年パリ市内で開かれるからである。ある年の2月に知人が企画する、この農業祭のツアーに便乗したのは、その旅程の中にまだ訪れた事のない「フランス北部のチーズの旅」がセットされていたからである。フランス北部といえば旧州名でいえばベルギーに接するフランドル、アルトワ、そしてピカルディーでこれらの地域は広大なパリ盆地の北辺にあり、観光が目当てならば行くところはない。しかしチーズならば非常に個性的で一食の価値があるチーズがひしめいているのである。
冬の朝6時といえばまだ真っ暗だが、パリを出るとバスは一路高速道路を北に向けて走り出す。A.O.P.認証チーズと同名の村Maroillesまでは200km。一面の枯野となった広大なパリ盆地を北上していくと、次々と過ぎていく森の樹木はみな葉を落とし、その枝には丸い籠のような宿り木がたくさんついている。

3.大胆にカットされたマロワール

まずはフランス北部の唯一のA.O.P.認証チーズであるマロワールの工場を訪ねた。ティエラッシュという小さな村にある大工場である。こうした大きな工場では製造現場の見学はなく、大方は立派なPR室でビデオなどを見る事になる。それが終わると別室でチーズの試食という段取りだが、試食のブースにはマロワール・チーズを大胆にカットし盛り付けた、オブジェ風の試食用チーズが並んでいた。日本人にとってこのチーズは他のフランスものにくらべ馴染みが薄いようだが、この地方にとっては1000年もの歴史がある由緒正しいチーズなのである。資料によれば、ルイ11世やアンリ4世をはじめ多くのフランスの王達に愛されたチーズだというが、なかなか個性の強い味わいのチーズではある。
この辺りでは様々なチーズが作られているが、どれも我々にとっては初めて見るチーズである。特徴的なのは茶色のウオッシュ系のチーズが多く個性の強い味わいのものばかりである。形も丸、四角、三角、球形など他では見られない形のチーズが多い。

4.ポトフの向こうで仔山羊が生まれた。

この旅で驚いたのは、この村の近くには大きな山羊の牧場があり山羊乳のチーズが作られていたことである。平地の多いこの地方では昔から大量に乳を出す牛が飼われ、牛乳製チーズがたくさん作られてきた。だが、チーズも多様性が求められる昨今、この山羊牧場はほぼ10年前に誕生したという新しい工房のようである。ベルギーとの国境近くのエカイヨンという小さな村の近くにその工房があった。到着するなり案内されたのは大きな倉庫のような建物で、二つに仕切られた部屋には百頭以上の山羊がいて、よく見ればすべて臨月の雌山羊で、見学中に何頭かの仔山羊が産み落とされた。冬は山羊の出産の季節なのだ。そして、熟成庫を見学した後には、なんとこの山羊の産室で出産を見ながらランチ会を行うという破天荒なイベントが待っていたのである。

5.山羊牧場のオリジナルチーズ








 

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©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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