乳科学 マルド博士のミルク語り

LTST殺菌

2019年11月20日掲載

LTST殺菌
乳の殺菌方法としてLTLT(低温長時間殺菌、63℃ 30分間)、HTST(高温短時間殺菌、72-75℃ 15秒間)、UHT(超高温瞬間殺菌、120-150℃ 2-数秒間)の3種類があります。その他、ヨーグルトでは80-90℃で殺菌します。チーズ製造の場合はLTLTかHTSTが一般的です。
チーズ乳を殺菌する目的は今年のチーズプロフェッショナル認定の二次試験の問題にもありましたが、①乳に混入しているヒトに健康被害を及ぼす可能性がある有害細菌を殺すこと、②チーズ製造、特に熟成期間中に好ましくない影響を及ぼす微生物を殺す、③乳に元々含まれているたんぱく質分解酵素(プラスミンなど)、脂肪分解酵素(リパーゼなど)、および乳酸菌の働きを弱める可能性のある抗菌成分を失活させることです。これにより安全で高品質なチーズを製造することができます。

一方、無殺菌乳からチーズを作る場合は、土地に特有の微生物が乳に混入し、独特な風味や組織のチーズを作ることができます。一方、健康上の安全性を高める為に、細心の注意を払って搾乳したり、「殺菌」の定義に当てはまらない穏やかな加熱(サーミゼーション)を行ったりすることがあります。

無殺菌乳の最大の長所は甘さではないかと思います。搾乳直後の牛乳やヤギ乳の甘さは想像を超えるものがあります。乳中の甘味成分は乳糖ですが、熱をかけるとたんぱく質と結合し様々な成分に変化します。この一連の反応をメイラード反応といいます。メイラード反応の進行によりカラメル臭など香ばしい香りになったり、焦げ臭になったりします。そして色も茶色になります。図1は殺菌方法とメイラード反応がどの程度進行しているかを示す指標の関係を示しています。低温殺菌よりも高温殺菌の方がメイラード反応は進んでいます。しかし、低温殺菌でもメイラード反応は進み、乳糖が減少します。その結果、低温殺菌乳でも本来の乳の味が低下しているのです。
一方、乳糖が減少すれば、成人になって腸管から乳糖分解酵素を分泌できなくなった人々でも乳製品を摂取することができるようになるというメリットもあります。例えば、平安時代まで貴族に薬として利用されてきた「蘇」は牛乳を長時間加熱して煮詰めたもので、メイラード反応により乳糖は減少しています。なので、乳糖不耐症であった貴族たちでも食べることができたと思われます。また、ホエイを主原料として煮詰めた“ブラウンチーズ”なども乳糖が低減し、乳糖不耐症の方でも召し上がることができます。

おいしくて安全なチーズを作るためには、殺菌のメリットと無殺菌のメリットを併せ持つ方法が理想的です。そんな都合の良い殺菌方法はあるのでしょうか。実は、そんな技術がありま~す!LTST(低温瞬間殺菌法)という技術が米国で開発され、今秋から米国市場で市販される(すでに市販されているかも)とのことです。
この方法は図2に示すような特殊なチャンバーに、約7気圧の圧力をかけて牛乳を液滴状(直径 0.3mm以内)に噴出します。噴出と同時に圧力は解放されます。液滴はチャンバー壁の加熱部に接触し、直ちに冷却部にて冷却されます。牛乳にかかる熱は65℃、加熱時間は0.05秒間です。菌は圧力が解放される際にバーストし、65℃の瞬間加熱で死滅します。その結果、賞味期限は60日間を保証できるようになりました。さらに、官能的にも低温殺菌乳と同等もしくはそれ以上だそうです(Myer et al., SpringerPlus 5: 660, 2016、US Pat 7,708,941)
このような乳からチーズを作ったらどんなチーズになるでしょうか。興味深いですね。