世界のチーズぶらり旅

可哀そうな名前のチーズを訪ねて

2019年10月1日掲載

可哀そうな名前のチーズを訪ねて

1. サンセールで食べたクロタンのサラダ

ロワール川中流域の西岸にサンセールという町があるが、ここは町と同名の人気の高い白ワインを生む場所でもある。町はロワール川を見下ろす小高い丘の上にあって、その斜面にはブドウ畑が広がっている。話は20年前の事になるがロワール・チーズ探訪の旅の途上、この町で昼食を採った事があり、その時にサプライズがあった。突然オードブルにクロタンのローストを乗せたサラダが出現したのだ。当時パリでもこのサラダが流行っているという噂は聞いていたが、クロタンの地元で早くも現れたので驚いたのであった。

2. 馬糞を連想させる熟成クロタン

ところで、このシャヴィニヨルのクロタン(Crottin de Chavignol)という小さな山羊乳のチーズは日本でもよく知られた名品なのだが、そのCrottinの意味するところは、ラルース チーズ辞典によれば「馬・羊の糞」とある。日本でチーズを売る人達は、これは商品名としてはいかがなものかと、別の解釈で説明に努めているが意味がよく解らない。という訳でジュリエット・ハーバットの「世界チーズ大図鑑」や手元にある食品事典など4冊にあたってみたが「馬糞」以外の訳はなかった。世界中がクロタンを馬糞と訳しているのだ。フランス人は偽悪趣味でこんな可哀そうな名前を付ける、という人もいるが、なに日本だってフランスに負けていない。例えば200gが1万円ほどの高級ウニの商品名は「エゾの馬糞ウニ」だ。ついでに日本の植物の可哀そうな名前を挙げてみよう。葉や茎に悪臭がある「ヘクソカズラ」。ピンクの小さな花を咲かせるが、葉にとげがある「継子の尻ぬぐい」。そして、早春に青い花を一面に咲かせる小さな草花に「おお犬のフグリ」なんていう名前を付けている。意味が分からない人は辞書を引いてください。日本人も結構ワルです。

3. 6種類の熟成違いを揃えた店頭

話がそれたが、クロタンというチーズが程よく熟成してカビが生えたのを見れば馬糞という名は言いえて妙だなと納得がいくのである。さてこの6月に馬糞じゃなかった、このクロタンの熟成を見るため、サンセールの隣村にある熟成業者のアトリエを見学させてもらった。最近フランスでは、チーズの熟成を専門に行う熟成士が増えている。チーズの熟成を専業化することで個々のチーズの状態を細かく管理し高品質のチーズに育てあげ、付加価値を高めようという戦略なのである。そのクロタン専門の熟成業者の売店を訪ねると、まず目に飛び込んできたのは、壁に並べられた6種類の熟成違いのクロタンが入った箱である。好みの状態のチーズが選べるようになっているのである。小さい村ながら、店には次々と客がやってきて好みのチーズを買い求めていく。我々はまず、お定まりの白い見学用の衣装を着て熟成庫を見学する。チーズが小型だから熟成庫も小ぶりで見学に時間がかからない。見学が終わるとすぐに手際よく6種類のクロタンを用意し試食させてくれた。こんなチャンスはめったにない事で、現地に行かなければ出会う事のできない幸せである。

4.6種類のクロタンを試食

試食が終わるとサンセールのすぐ西にあるシャヴィニョル村でこの熟成業者が関係しているというレストランを紹介してもらい昼食をとった。筆者は20年前サンセールで昼食をとった後にこの村を訪れたのだが、その時は、葡萄畑の斜面にある過疎が進んだ小さな古びた村という印象を受けた。だが今回訪れてびっくり。小さなホテルまであるピカピカの村になっており、古井戸があった広場には噴水まである。これもクロタン人気のお陰なのか。しかし人影は相変わらず少なく、深い青空の下で村はひっそりとしていた。

5. ピカピカのシャヴィニヨル村











©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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