乳科学 マルド博士のミルク語り

乳等省令を突っ込んでみよう

2019年8月20日掲載

乳等省令を突っ込んでみよう

私たち乳に関わる者はすべからく乳等省令を理解しておかねばならないのは言うまでもないことです。しかしながら皆さん、乳等省令を読んで100%理解できますか?そもそも法令というものは私たちパンピーには極めて難解な文章で書かれています。そこで、パンピーの目線で乳等省令を突っ込んでみましょう。
『チーズの教本2019』
(以下、教本)をご覧ください。第二条に「乳」の定義が書かれています。ここにはチーズ製造に用いられる「水牛乳」や「殺菌羊乳」は書いてありません。すなわち、水牛乳から作られたモッツァレラや殺菌羊乳から作るペコリーノ・ロマーノなどは乳等省令で定義された「乳」を原料としていませんので、日本では厳密には「チーズ」とは呼べないわけです。水牛乳を原料としたチーズは「チーズ公正競争規約」では「水牛乳加工品」と書くことが推奨されています。しかし、水牛乳から作ったモッツァレラのラベルには「ナチュラルチーズ」と書かれたものが多く、アバウトな扱いとなっています。ちなみに、近々乳等省令が改正される予定で、水牛乳は「乳」として認められる予定です。しかし、加熱羊乳については・・・?
第二条の2項には「生乳とは搾取したままの牛の乳」と定義されています。しかし、一般的には搾取した乳は「清澄化」という工程を経ます。清澄化はゴミなどを除く工程ですが、乳中の「体細胞」も除去されます。体細胞とはリンパ球など牛の個体に由来し、病原菌やウィルス汚染から防御するために出動した細胞です。そのため、牛の健康状態が悪いと体細胞が増える傾向があります。牛の個体に由来する体細胞を除去すると厳密には「搾取したまま」ではないわけでして・・・。体細胞はゴミの一種?ま、あまり突っ込まないことにします。
第二条17項にはナチュラルチーズの定義が書いてあります。この文章が難解で漠然としか理解できない方が多いのではと思います。「たんぱく質を酵素その他の凝固剤により凝固」と書いてあるので、様々な凝乳酵素や酸で凝固させる方法は該当しますが、加熱濃縮して凝固させる方法は該当しません。さらに、「凝乳から乳清の一部を除去したもの」と書いてあります。ここが最も分かりにくいのですが、普通に解釈すれば乳清の一部とはホエイたんぱく質、乳糖、ビタミン、ミネラルなどを意味するので、CODEXで定めるように(教本 p24参照)、(凝固物中のホエイたんぱく質濃度/カゼイン濃度)<(乳中のホエイたんぱく質濃度/カゼイン濃度)と書けば誰でも理解できます。しかし、「乳清の一部」とはホエイたんぱく質、乳糖、ビタミン、ミネラルなどを意味するので、ホエイたんぱく質以外の成分(乳糖、ミネラル、ビタミン)を除けば、ホエイたんぱく質濃度/カゼイン濃度が乳のそれと同じであっても、日本ではチーズに該当することになります。昔はホエイからたんぱく質を残したまま乳糖などを除去することは非現実的でしたが、現在では限外濾過膜を使えば可能です。なので、乳から限外濾過膜を使って乳糖やミネラルの一部を除去した濃縮乳から凝乳酵素を使って得たホエイたんぱく質を含む凝固物は日本ではナチュラルチーズと言えます(CODEX規格ではホエイたんぱく質/カゼイン濃度は乳のそれと同じなのでナチュラルチーズと呼べませんが)。

写真 中西牧場で製造販売されている「甘乳蘇」の表示

ホエイを主原料として作られるリコッタやブラウンチーズなどは日本ではナチュラルチーズと呼べません(乳等を主原料とする食品(乳主原)となります)。乳を加熱濃縮して作った「蘇」は保健所の指導により「乳製品」となっています(写真)。「濃縮乳」の一種と認識されているのでしょう。


別表二の(三)にはナチュラルチーズとプロセスチーズの微生物規格が示されています。ナチュラルチーズではソフト系とセミハード系についてはリステリア・モノサイトゲネスが100個/gとなっています。何故、ソフトとセミハードに限定しているかご存知ですか?パルミジャーノ・レッジャーノでは13℃で熟成するとリステリア菌の菌数は減少し、生存期間は21-112日と報告されています(現代チーズ学より)。このため、長期熟成するハードチーズは別表から除外されています。
また、プロセスチーズでは大腸菌群陰性となっているのに、ナチュラルチーズでは言及されていません。しかし、ナチュラルチーズから大腸菌が検出されれば保健所からNGが出ます。大腸菌は大腸菌群のひとつですが、大腸菌群は乳糖を含む培地で培養した時にガスを生成する菌です。このため、チーズで使用される乳酸菌の一部やプロピオン酸菌などガス生成菌は陽性となるので、ナチュラルチーズでは大腸菌群については言及されていません。加熱されるプロセスチーズでは加熱処理が適切に行われた証として大腸菌群陰性が規定されているのです。
このように乳等省令には突っ込みどころ満載なのですが、これは製造技術や分析技術の発達によりズレが生じているためです。このズレを巧みに利用すれば新商品につながる場合もありますが、今後海外からのチーズ輸入関税撤廃、国産チーズの海外輸出などが可能になるグローバル化時代に突入します。そうなると、日本の規格もCODEXなどの世界標準に揃えていく必要があるのではないでしょうか。