沸騰するパリ農業祭へぶらり潜入
日本でいう通称「パリ農業祭」の正式名は「国際農業見本市」というらしいが、これでは美食の国の祭典のイメージは全く沸かないので通称で呼ぶことにする。毎年2月に10日間ほど開かれるこの大規模な食の祭典はパリ市の南西にあるポルト・ド・ヴェルサイユ(ヴェルサイユ門)で開催される。今はないが、かつてはここには城門がありヴェルサイユ宮殿に通ずる道が通っていたのだろう。18世紀後半の革命前夜、パン不足で飢えたパリのおかみさん達が、ここからヴェルサイユ宮殿へ大挙して押しかけ「パンよこせ!」のデモを仕掛かけた。それを見たウイーンのお姫様育ちの王妃マリー・アントワネットは「パンがなければブリオッシュを食べればいいのに」といったとか。(フランス食卓史:レイモン・オリビエ:人文書院刊より) そして、あのフランス大革命が起こるのである。あれから200年後、このような、いわくある場所で世界屈指の食料自給率の高さを誇るフランスが、最大級の食の祭典を開催しているという事に、歴史の皮肉を感ずるのである。
さて、この農業祭の規模はどれ位かといえば、お定まり通り東京ドームを引き合いに出せば3個分の広さに毎回60万人超の来場者と言うからすごいことだが、それより、その展示品の多さユニークさは想像を超えている。単なる大きな食品展だろうくらいにタカを括っていくと全体を見失ってしまう。展示品は農産物(魚貝類もある)を主体とするあらゆる食品が集められ、試食に供されている。ユニークなのはそれらを生み出す牛馬、山羊、羊などの家畜や、多くの家禽類なども展示されている事である。だが、我々にとっての目当ては何といっても膨大な種類の食品のブースだから、短期間の滞在では家畜まで手は回らない。本命のチーズは、地元フランス産は元よりイタリア、スイス、オランダなど近隣の製品も加わっているので、見た事もないチーズの多さに眼がくらむ思いだ。
この稿をお読みの方は、少なくともチーズの知識は少なからずあると思うが、この見本市では、肉製品の種類の多い事も注目すべきだろう。日本で肉製品といえば、数種類のハムやソーセージを思い浮かぶのがせいぜいだが、ここにはチーズ同様にあらゆる種類の製品が並んでいるので、必要な最低の知識を習得しておくならば、さらに興味が深まり楽しさが倍増する。
フランス国内の展示はブースが地方ごとに分かれていて、それぞれの食品の産地が分かるようになっているが、これもフランスの地方と特産品の出所を少しは知っておかないと、目当ての物に行き着くには時間がかかる。
筆者も最初は丹念に見て回ったが、間もなく、2日間位の日程では全く無理と分かって、興味あるものだけを見ながらのぶらり旅を決め込んだのだが、この方がずっと楽しく得るものが多いと気づいた。この農業祭も年代ごとに会場全体の様相がどんどん変化していくので、何度行っても新しい楽しみがある。会場の所々にスタンドがあってビールやワインが飲め、展示されている食品が食べられる。近頃はレストランのスペースが広くなり地方料理を楽しむことが出来る。こんなところに立ち寄り、ノルマンディ産の牡蠣や、血のソーセージなど、日本では食べられない物を試食したりして過ごした。近頃はフランスでもラクレットが大ブレークして、会場には100人以上は入れそうなラクレット専門のレストランが出現していたのには驚いた。
©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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