チャコリを飲みながら
ビスケー湾を望む北スペインは、海岸からほど近い内陸には石灰岩の険しい尖塔を連ねた山々がそびえ、その造山運動に押され大地が褶曲して形成されたと見られる波状の丘が海岸まで続く。こうした地形を反映してか雨が多く、緑のスペインといわれながらも、この地方には畑地が意外に少ない。車窓に現れすぎていく緑の丘や台地のほとんどが家畜を放牧する草地になっていて、この草地に乳牛の姿が見えるのも、スペインの他の地域では見られない風景かも知れない。前回にも触れたが、このような風土を反映して、羊乳や山羊乳製チーズが多いスペインの中で、この地方では牛乳製のチーズが多くつくられている。
北スペインの美食の町といわれるフランス国境に近いサン・セバスチャンでは、食通を魅了する優雅なタパスやピンチョスにお目に掛かかることができるが、チーズを求めて訪れる田舎町のレストラン料理はおおむね素朴なものが多い。写真の料理は海岸に近いレストランで出会ったもので、魚介を使ったコメの料理だ。スペインのコメ料理といえばアンダルシア風のパエリアがよく知られているが、写真の鍋料理も外見はパエリアと言えなくもないが、見てくれも味わいもずっと素朴であったが、それよりも興味をそそられたのは、この地方では食事の時に必ず出されるチャコリ(Chacoli)と呼ぶ微発泡性のワインである。
ビスケー湾に面したこの辺りは雨が多い上に冬の寒さも厳しく、葡萄栽培に不向きなのだろうか葡萄畑はあまり見かけない。それでもこの土地特産のワインであるチャコリはレストランは元より、チーズの試食などにもに登場する。このワインには赤と白があるが、生産量はD.O.を取得している微発砲性の白のチャコリが圧倒的に多いそうだ。しかし、これも生産量が少なく地元消費が大半で日本ではめったにお目に掛かれない。
白のチャコリは収穫後1年に以内に消費される若飲みタイプのワインでアルコール分は8~9%と低く酸のしっかりした、実に爽やかな飲み心地である。そして、このワインのサービスの仕方に特徴がある。派手なことが好きなスペイン人らしく、グラスにワインを注ぐだけでも大袈裟なパフォーマンスが待っているのだ。まず、ボトルにワインを注ぐための特殊な栓を装着して、サービス人は両手を大きく広げ、高い位置から小さなグラスにチャコリを注ぎ入れ泡立てる。注がれたら直ちに飲めば、軽やかな微発泡ワインの真価が楽しめるというパフォーマンスである。
この地方にはチャコリの他にシードラ(Sidora)という微発泡性の林檎酒があって、この酒もチャコリと同じ注ぎ方をするので、最初は見分けがつかなかったが、シードラの方はアルコールが3%程度と低く、よりフルーティだ。ヨーロッパの大西洋岸の葡萄が育たない地方では、この林檎酒が作られてきた。イギリスのサイダー、フランスのシードル、そしてスペインのシードラである。フランスのシードルは発泡性ではないがスペインのそれは静かに、はかなく泡立つ。食事の後シードラの工房を訪ねたがその酒を貯蔵する樽の巨大さに驚いた。案内人はその大樽のサンプル取り出し口からシードラを噴出させコップで受けるという芸を見せながら、爽やかな林檎の香りがするシードラを試飲させてくれた。