ノンホモ牛乳から作るモッツァレラ
C.P.A.では昨年、鈴木 猛氏による「ノンホモ牛乳で造る!簡単モッツァレッラチーズ」と題したセミナーが行われました(2017年9月14日)。ここで紹介された作り方の特徴は、原料はノンホモ牛乳であること、そしてレンネットを使わないことです。
乳酸菌を添加せず、酸を直接乳に添加するやり方を「直接酸性化法、略して直酸法」といいます。直酸法は乳酸菌の活力に依存することなく酸性化に要する時間を短縮できる利点があり、フレッシュチーズの大量生産に向いています。そのため、直酸法を用いたモッツァレラチーズの製造最適化に関する論文も多数発表されています。
図1はレンネットを使う直酸法とレンネットを使わない直酸法の工程です。レンネットを使う場合、原料は低温殺菌乳ですがホモゲナイズ(以下、ホモと略記)については特に言及されていません。つまりどちらでもよいのです。次いで乳を加熱しますが、加熱温度はレンネットが働きやすい35-37℃程度です。クエン酸を添加してからレンネットを反応させます。
カードが生成したらカッティングし、ホエイを除きます。このカードを60℃以上のお湯に入れて混錬します。それを望みの形に成型し、冷水にて冷やします。
一方、レンネットを使わない方法ではノンホモ牛乳を使うことが重要で、ホモゲナイズした牛乳ではうまくできません。これを加熱しますが、加熱温度は63-65℃です。この加熱温度の違いも大きな特徴です。次いで酸を加えpHを下げるのですが、加える酸は穀物酢がよいと記載されています。カードが生成したら、あとは一般的な直酸法と同じです。
まず、レンネットを加えなくても何故カードが生成するのでしょうか。その理由は分かっていません。鈴木氏に確認したところ、酢を添加する前に60-70℃に加熱することがポイントで、40℃程度ではうまく作れないとのこと。そこで、公表されている論文情報から以下のように推察してみました。
低温殺菌に加え約65℃に加熱するためにホエイたんぱく質の一部が少しだけ変性し(構造が変わること)、カゼインミセルの表面に結合し始めます。pHが5.2-5.4付近になるとカゼインミセルが膨潤します。さらにカゼインミセルのマイナス電荷が減り、電気的反発が減ります。このためカゼインミセルが近づき、カゼインミセルに結合した部分的に変性したホエイたんぱく質が互いに凝集し、これを介してカゼインミセルが結合しネットワークを形成するのではないかと考えます(図2)。
pH が5.2-5.4付近になると(pHの範囲は若干幅があります)、カゼインミセルの構造を支えているリン酸カルシウム(コロイド状リン酸カルシウム、ミセル性リン酸カルシウム、あるいはリン酸カルシウムのナノクラスターなどと呼ばれます)が外れてきます。リン酸カルシウムはカゼインミセルの構造を支えるボルトのような役割を果たしています。リン酸カルシウムが外れてくると、カゼインミセルの構造がゆるやかになります。これを温湯中で混錬すると力がかかった方向に伸びていきます(図3)。
この現象はレンネットを使っても、使わなくてもほぼ同じと考えられます。しかし、pHと外れてくるリン酸カルシウムの関係は使用する酸の種類で若干異なります。穀物酢(主として酢酸)や乳酸菌(主として乳酸)はカルシウムとの結合は弱いのですが、果実酢の場合はリンゴ酸やクエン酸が含まれ、これらはカルシウムと結合する力が強いため、リン酸カルシウムの外れ方はビミョーに異なります。このためカードの性質が若干異なる可能性があります。
さて、レンネットを添加しない場合、何故ノンホモ牛乳でなければならないのかについて考えてみたいと思います。これも詳しいことは分かっていません。レンネットを使う場合にはホモについては特段の言及はありません。論文によれば、ホモ乳では脂肪の歩留が高く、色も白くなるというメリットがある反面、伸びはノンホモ乳より悪いと報告されています。ホモ圧にもよりますが、ホモすると脂肪球のサイズは小さくなり、小さい脂肪球が無数に分散するようになります。小さくなった脂肪球表面にはカゼインやホエイたんぱく質が吸着して脂肪球を安定化(乳化)します。このような小さな脂肪球が、図2に示した部分的に変性したホエイたんぱく質が結合したカゼインの間に入り込み、カゼインのネットワーク形成を妨害しているのではないかと推測します(図4)。レンネット凝固の場合は、水をはじく疎水性相互作用でカゼインネットワークが形成されますから、カゼインやホエイたんぱく質で安定化された小さな脂肪球は疎水性領域に入り込むことができず、ネットワーク形成の妨害に関与しにくいと思われます。ノンホモ牛乳では脂肪球が大きいため、ネットワーク形成の妨害は部分的と考えられます。
会報誌「C.P.A.通信 Vol.98(2018年4月)」にヤギ乳から作られるフレッシュチーズ「ブルース・デュ・ロヴ」が紹介されています。レンネットやスターターは加えず、高温で加熱し「ヴィネーグル・ブラン」というお酢の一種を加えて凝固させると説明されています。90℃に加熱後、70℃まで冷やしてから酢を加えるそうです(阪本会員、清田会員 私信)(図5)。なんと、ノンホモのモッツァレラとほぼ同じ凝固方法ではないですか。どちらも酢を加える前に高温加熱することが肝だと考えられます。
以上の説明は多分に想像の産物にすぎません。今後の研究が進み、全容解明されることを期待します。