ブルー・スティルトン誕生の謎
数年前、ロンドンから車でスティルトン・チーズの誕生の地といわれるイングランドの中部、レスターシャーのメルトン・モゥブレィを訪ねた。イングランド特有の緩やかに波打つ大地が、緑の林や牧草地によって区切られたパッチワークのような風景の中にその町はあった。
この町にはスティルトンの製造者同業組合があり郊外には巨大な工場がある。どのくらい巨大かといえば、家庭用のプール程もあるチーズバットが並んでいて、次々と、グリーンチーズが生み出されていく。発酵室ではロボットが黙々とチーズの反転作業を行っていた。ここから大量のスティルトンが世界に向けて送り出されているのだろう。
日本人が必ず枕ことばに使う「世界三大ブルー」のうち、筆頭のロックフォールは、2千年の歴史があるといわれ、イタリアのゴルゴンゾーラもその前身は千年以上も前に誕生していたという。だが、スティルトンの歴史は浅い。ある牧場で作られていた人気のチーズ(チェシャータイプといわれる)の内部に何かの手違いで青カビが入ったことから始まる。
17世紀中頃にメルトン・モゥブレィの南西20kmあたりに、ある子爵家が経営するクェンビィという牧場がり、そこで作られるチーズは少し離れたスティルトン村の子爵家ゆかりのベル・インという旅籠屋で客に供され好評を博す。スティルトン村はロンドンから北に向かう街道筋にあり、やがてこのチーズは「スティルトンのチーズ」と呼ばれロンドンでも知られるようになる。そして18世紀の前半にクェンビー牧場に雇われたエリザベス・スカーブラウという女性が、この子爵家伝統のチーズの技術と名声を守っていたが、ある日チーズの内部に青カビが入るという異常事態が起こる。しかし、彼女はこれを失敗とせず、試作を繰り返して新しいチーズとしてのレシピを完成させる。こうして青カビの入ったスティルトンと呼ばれるチーズが誕生したのだという。(チーズ・その伝統と背景:泉圭一郎より)。だが、ちなみに天下の「ラルースチーズ辞典は」このチーズはレスターシャーで生まれたが、スティルトンの町で作られ店で供されたことで名声を博したと書いている。
スティルトン誕生の地の土壌には青カビを誘引する鉄分が多く、そのためにこのブルー・スティルトンはこの地で成るべくしてなったと土地の人は考えていると、泉圭一郎氏は書いている。そういえばイギリスにはブルーチーズが多い。2011年に翻訳出版された「世界チーズ大図鑑」を調べてみると、フランス産は10種類、スペイン産4種類、イタリア産1種類に対しイギリスの項には実に20種類のブルーチーズが掲載されているのである。
現在ブルー・スティルトンの製造の中心地になっているメルトン・モゥブレィの町には、多くのメーカーのブルー・スティルトンを集めて売っているチーズ店があり観光客が群がっていた。その中からいくつかのチーズを買い求め同行の人たちと試食し、スティルトン誕生の地で味の記憶をしっかりと舌に刻んだつもりだったが、その後、この町で昼食に食べた、イギリスのソウル・フードである、揚げたてのフイッシュ・アンド・チップスがおいしくて、こちらの方が鮮明に印象に残ったのであった。