TVの健康番組を観ていると、お医者さんは「骨粗鬆症にならないようにするには日々カルシウムを摂取することが大切です。」とコメントします。そして、栄養士の方が「カルシウムを沢山摂取するには、小魚や小松菜に沢山含まれているので日々食べるようにするとよいでしょう。乳製品にも含まれています。」などとコメントします。間違ってはいませんが、正確なコメントではありません。「そうか、緑黄色野菜は摂っているし、魚もたべているから大丈夫だな。」と考える方は多いのではないでしょうか。しか~し、・・・・。
七訂食品成分表によれば、確かに小松菜や小魚100g当たりのカルシウム含量は牛乳100g中のカルシウム含量より沢山含まれています(表参照)。しかし、実際に食べる量は、小松菜で約30g程度、小魚(イワシの煮たもの)は50g前後です。一方、牛乳は1回にコップ一杯程度飲みますから約200gです。したがって、実際に食べることのできるカルシウム量は、牛乳220mgに対し、小松菜では45mg、イワシでは32.9mgしか摂れません。魚の場合には頭から尾ビレまですべてを骨ごと食べた場合の数字です。ちなみに、マグロの赤身には5mg/100gしか含まれていません。
もう一つ、吸収率を考慮しなければなりません。吸収率とは、口に入れたカルシウムのうち何パーセントが小腸から吸収され体内に入るかを示す数値です。表をご覧いただければお分かりかと思いますが、小松菜では17.6%、小魚では32.9%、牛乳では39.8%です(上西ら、日本栄養食糧学会誌、51: 259-266, 1998)。吸収率を考慮すると、一食当たり体内に取り込むことが可能なカルシウム量は、小松菜で8-9mg、小魚からは17-18mg、牛乳では87-88mg、ゴーダチーズの場合は80-82mg程度となります。いかがですか。栄養士さんのコメントとは異なり、大きな違いがあることがお分かりかと思います。
では、何故食品毎にカルシウムの吸収率が違うのでしょうか。野菜の一部にはカルシウムの吸収を妨げる成分が含まれている場合があります。一つがシュウ酸です。カルシウムがシュウ酸と結合すると吸収されにくくなります。シュウ酸が多いのは、タケノコ、煎茶、ほうれん草などです。小松菜にも含まれていますが、ほうれん草ほど多くはありません。二つ目がフィチン酸です。これもカルシウムと結合するとカルシウムの吸収が低減します。フィチン酸が多いのは米ぬか、玄米、豆類などです(土屋、栄養と食糧 6: 120-126, 1953-1954)。一方、牛乳の乳糖やチーズの熟成中に生成するカゼイン・ホスホペプチド(CPP)はカルシウムの吸収を促進します。このような性質の違いにより吸収率に差がでるのです。
食事摂取基準2015では成人のカルシウム摂取推奨量は650-800mgとなっていますが、実際の摂取量は平均500mg前後です(平成26年国民健康・栄養調査報告書)。吸収率を30%と仮定すると、わずか150mg程度しか取り込んでいないことになります。牛乳・ヨーグルト・チーズなど吸収率の高い食品を日常的に摂取することがいかに大切であるかお分かりになると思います。
ところで、最近面白い論文を読みました。人類が乳を飲み始めるはるか前(50-100万年前)の狩猟採取民は、植物(果実、イモ類)が食事の中心で、ときたま小動物や昆虫を食べていたそうです(Konner & Eaton, Nutr. Clin. Practice 25: 594-602, 2010)。推定されるカルシウム摂取量は1,000-1,500mg/日だったそうです。現代人(欧米を含めて)より多量のカルシウムを摂っていたことになります。ただし、乳は母乳以外に飲んでいないこと、植物中心でカルシウム吸収率は高くなかったことを考えると、実際に摂ったカルシウム量はもっと低かったと思います。また、たんぱく質の摂取量も少なかったようです。しかし、現代人と比べると日光を浴びながら狩猟していたことから、カルシウムの吸収を高めるビタミンDは体内で十分合成されていたでしょう。運動量もはるかに多かったと考えられます。さて、このような狩猟採取民の骨の状態はどうだったのでしょうか。興味津々です。